若者たちは“目標症候群”に陥っている!?――――今、高橋さんは大学で講義などされていますが、学生の中で大学に入学した時点ですでに自分のキャリアを考えている人は、増えてきているんですか?
世の中には、そういうプレッシャーが出てきています。だけど、私はそれは現実的ではないと思います。「こういうのに、なれたらいいな」と夢みたいに思うこと自体はいいんですが、それを目標にして、逆算して、効率的にいかにそこに行くか、いわゆる目的合理的と言いますが、そうやって詰め将棋みたいに考え始めてしまう奴がいるんですよ。だから、そういう人間には言うんです。「そうやって思うようには人生いかないよ」「やってみなきゃ、わからないんだから」って。――――今年は各企業とも新卒採用を大きく増やしていて、特に金融機関などは数倍の採用になっていますね。つまり就職氷河期を抜けて、学生が本当に行きたい会社に行ける時代になった。これは大きな転換期だと思うのですが、先ほどから出てきている「スローキャリア」という価値観において、若いビジネスパーソンや大学生の価値観というのが転換した部分などあるのですか?
基本的に一旦終身雇用というものが誰の目からも明らかに崩れてしまって、特に90年代の後半、絶対磐石と思われていた会社まで大リストラをどんどんやった。そういう状況を見て育ってきているので、ある種の危機感というものは、すごくあると思いますよ。それは、これだけ売り手市場になっても変わらなくあると思います。でも、それがすごく変な焦りになっちゃったりするんですよね。――――学生たちが焦っているんですか?
そうなんです。実際、ある学生は「学部出てすぐMBA行きたいんですけど」みたいなことを、言ってくるんですよ。「MBAなんて、勤務経験なかったら学ぶことは多くないんじゃないの」と言ったら、「そんなことしていて間に合うんですか」って言うんです。「何を間に合うとか間に合わないって言っているの?」って聞いたら、「だって、30歳までで人生の勝ち負けが決まるって言うじゃないですか」みたいなことを言う。
あとは資格。1年生ぐらいから一生懸命になって、簿記を取ろうとかしているでしょう。勉強するのはいいんです。会計の勉強をすることは、とてもいいことだと思うけれど、「資格」そのものを取ることに焦るわけですよね。あるキャリアの専門家が言った有名な話があって、「資格というのは足の裏についた米粒だ」と。「ご飯粒だ」と。「取らないと気になるけど、取ったからといって食えない」。――――(笑)おもしろいですね。
でもその話を授業でしたら、ある学生がやってきて「僕は今、簿記を取ろうとしているんですけど、意味がないですかね」と言うんです。「いや、勉強はいいけど、何のために取ろうとしているんだよ」と聞いたら、「今話題のファンドの会社、あるじゃないですか。再生ファンドとか。ああいう仕事をしたいんです。だからそういう会社に入るために、簿記を勉強しています」と。
でも、それは違うでしょう? そんなの、経営の勉強も他の勉強もいろいろして行くものであって、もし万が一ファンドの会社に入れたって、そんな仕事をすぐにやらせてもらえるわけがない。かつ、簿記を取ればできる、それで入社できるんじゃないかという発想そのものが、全く世の中の現実を理解していないんです。でも焦るんですよ。早くああいう会社に入りたい、と。目標症候群みたいなものも、やはりあるんでしょうね。目標がないとダメだ、というプレッシャーを感じているんでしょう。――――そうすると若いビジネスパーソンの方は、この本を読んで、「急がなくてもいいよ」「もっと選択肢の幅は広いよ」ということを感じる方は多いでしょうね。
そうなんですよ。結局、自分に向いている仕事なんて、試行錯誤した挙句に「ああ、これだったんだな、自分の天職は」というのは、社会に出て10年、15年しなきゃわからない。それも最初にそのテーマや仕事に出会うのは、おそらく5年とか10年、平均的に言うと30前後ぐらいかなと思います。
でも試行錯誤しないで受身で仕事をしていたり、何をしていてもそれを本気でやっていなければ永久に出会わないかもしれない。だから問題は、日々の仕事の仕方なのだといつも言うんです。これはきちんとデータでも出ているのですが、例えば何か仕事をするときに自分なりの見解を持ってやっているかとか、トレンド感についても持論を持って、自分なりに世の中はこの方向にいくんじゃないか、これはこうしたほうがいいんじゃないかといった、自分なりに大切にする価値観、ポリシーを持って仕事をしているかとか、あるいは人との関係性を重視しているかとか、仕事に対する主体性と人間関係に対する投資をしているかどうかなんです。
それも、この人にこんな恩を売っておいたらここで返ってくるんじゃないか、というようなやり方ではできない。どう返ってくるかわからないけど、人のためになることをたくさんやっていると、後で思わぬところで返ってくる。あるいは、この人にここでわかってもらってもしょうがないんじゃないかなと思っても、考えていることをきちんと伝えておけば、めぐりめぐって例えば3年後にその人がプロジェクトで人が必要だから「3人ぐらい若いの欲しいんだけど」と上司に言われたときに「昔、酒を飲んだときに元気な奴がいたけど、彼はどうしているかな」なんて、ふっと出てきたりするわけです。でもそれは、3年前にはそんなことが将来起こるなんてことは全く考えもしないでやるわけですよ。だから、物事は逆算的にはできない。とりあえず布石を築き続けなさい、ポリシーを持って主体的に仕事をし続けなさい、そうしたら振り返ったときに、いいキャリアができている確率が高まる。それがキャリアの現実だと思うんですよね。――――キャリアを探す中でもう少しゆっくりといろんなことを見ていくと、自分自身も見える世界が少し広がってくるのではないでしょうか?
そう思います。思わぬところに天職があるんですよ。青い鳥と一緒です。あれは青い鳥を探しに出て、結局帰ってみたら家にいた、っていう話でしょう。そういうものなんですよ。だから逆に、今の若い人たちは自分探しをし過ぎて、「自分に向いている仕事、やりたい仕事が見つからなければ就職しません」みたいな人も出てきているでしょう。そんなことしてたら、永久に見つからないんですよね。だから私は“とりあえず就職”でいいんじゃないかと思うんです。――――高橋さんの本というと、どうしても30代40代の人たち、社会人経験がある人たちが読む本というイメージが強かったのですが。
特に人事のプロの人とかでしょうね。――――しかし、この「スローキャリア」は、学生や若い人にも読んでほしいと、すごく感じました。
ありがとうございます。それから、2000年に刊行した「キャリアショック」も、実は学生さんに、結構読んでいただいているんですよ。
ただ、私はもともとそういうことをあまり意識していなかったんです。それに「スローキャリア」で意外におもしろい反応をいただいたのは、40代、50代の管理職の方とか、経営幹部の男性の典型的な出世志向でこれまできた方々が、逆に「目から鱗だった」と言うんですね。「そう言われてみると最近の若い連中はこういうのが多い」と。そして「お前らは上昇志向がなくてダメ人間だ、みたいなことを言った覚えがある」と気づくんですね。だから「これはダメだ。意識を変えないと」となるわけです。「すごく参考になりました」と複数の方から言われました。そういう読み方もあるんだなと思いましたけどね。
(3)に続く