□“上司もお客様”と考えれば何事も円滑になる?――――1万5千部を超えるベストセラーですから、読者の方からいろいろと反響もあったのではないですか。
これは2冊目の本なので、本を読んでいただくということがよくわかっていなかったんですけれど、全く知らない人からメールでご連絡をいただいたり、思いがけないところで会った人が「うちの上司が大串さんの本を薦めてきたんです」と言ってくれたり。そういうことがあって、すごく嬉しかったですね。あと「勇気が出た」とか「やってみたいと思いました」とか、言葉もらえると「ああ、やってよかったな」という気がします。――――ちなみに大串さんの感触では、読者はどういった層の方が多いのでしょうか。若手の方とか管理職とか……。
最近、本屋さんで購入してくださった方の年齢だとか性別がわかるらしいですよね。その話によると、意外と30代の男性が買ってくださっている、と聞きました。――――男性の30代というのは、今は本当に本を読まないといいますから、そういう意味ではすごく貴重ですね。
嬉しいですよね。――――私はこの本を、2時間ぐらいで読んでしまいました。
それ、セールスポイントなんです。ざくざく読めるという。――――私がおもしろいなと思ったのは、チャプター6の「お悩み解決 研修女王のワンポイントコーチ」です。飛び込み営業をしている方の解決法など、いろいろなシチュエーションごとに紹介されていますけれども、その中にある「勝手に仕事を進める上司をどう操縦すればいい」というテーマにとても引かれました。
仕事をしている人にとっては、上司はある意味厄介であったり、ときに頼りになる人であったり、切っても切り離せない存在だと思うんです。今回、タイトルは「営業力」にしましたが、それは必ずしもお金を払ってくれるお客様だけではなくて、仕事をしているときは自分の相手はみんなお客様だ、と。結局、上司も自分の提案をさらにその上に提案してくれる大事なお客様だし、仕事の評価って自分がするものではなくて周りがするので、そういう広い意味での営業力を掲げたんです。――――俗に「社内営業」と言われるところですよね。
はい。それが実はすごく大事で、お客様はすごく立場がはっきりしていますけど、社内の相手は明日も明後日も会うし、なんとなく後ろに背景も見えるし、力関係もあるし、悩ましいと思いますけど、上司相手には戦わないほうがいいと思うんです。――――戦わないほうがいいんですか?
はい。よく部下の方って「手柄は上司が取って行く」とか、約束を土壇場でキャンセルするとか、「上司は厄介な相手だ」と固定観念で思いがちだけれども、さっき申し上げたように自分の話をさらに上の役員に通してくれるとか、予算を取ってきてくれる人なので、その人が上に通しやすいように何かを早め早めに渡してあげる。それから、もしも自分の手柄を横取りされそうだと危険を察知したら、大きな声で資料を渡すんです。「部長、会議の資料、用意しておきました」と大声で言えば、「私がちゃんと用意しました」ということがみんなに伝わりますし。それからおおらかに、公にすがすがしく上司にも手柄を渡す。そうすると上司の方は「○○君の提案だけど」と上に持って行ってくださるし、そういう意味では上司ほど扱いやすい、と言うとおかしいですが、嬉しいポイントがはっきりしている人はないと思うんですよね。――――ついつい身内だと思うと、激突したくなりますよね。自己主張するとぶつかってしまうように思うのですが、逆にお客様だと考えるとスタッフ同士の接し方も変わってくるというわけですか?
正しい議論はあっていいと思うんです。それから嵐も巻き起こっていいと思うんですが、だからといって相手を叩きのめそうとか、言うこときかせてやろうとか思っても、得することは一切ないと思います。自分の大きなゴールと照らし合わせて、この人に何をしてもらいたいかとか、自分の目的あるいは自分が今やりたいことの優先順位というのをはっきりさせると、慌てないのではないでしょうか□忙しくても疲れを感じない――アサーティブの意外な効果――――この本は「年間277日「研修の女王」が教える」と書いてありますけれど、お写真はどこにも載っていないですよね。最近、女性の方は写真を入れたりされる場合が多いですけれど、あえてそうされなかったのは、何か本の作りにこだわりをもたれていたのですか?
それはプロである編集者の方の意見もちゃんと聞いて、みんなの意見を総合してこういうスタイルにしました。私自身、別に著名人でもないので名前とか顔で本が売れるとは思っていませんし、私が本を買う立場だとしても、コミュニケーションを学ぶのに、著者がどんな顔の人かはあまり関係ない。それよりも具体的な事例がたくさんある方が大切ですよね。
それから私自身、研修が本業なので、この本を研修会場へ持って行っても浮かない、という状態にしないといけなかったので。
顔写真満載の本がいろいろな一流会社の研修会場にフィットするかというと、たぶん違うと思いますから。――――確かに違いますよね。お客様には大手企業が多いとうかがいましたが。
そうですね。別にボリュームだけでお客様を選んでいませんけれども、研修に対して前向きな会社とか、人材育成を考えている会社の方々と仕事を密にしているので、この本がそのままテキストとして配れるとか、電車の中でサラリーマンが読んでいても全然おかしくない、というようなものを、中身も含めて狙ったんだと思います。――――なるほど。私も今日のインタビューの前に、電車の中で読み直したんですけれど、恥ずかしくないですよね。でもここに写真が出ていると、ちょっと照れくさいですよね。
そうですよね。――――素敵なオレンジ色ですし。
私のテーマカラーなので……。――――少し大串さんの日常もお聞きしたいのですが、「年間277日」ということは、今土日を除けば全部という言い方もありますが、逆に言えば研修は土日が多いですよね。
正月休み以外は、土日含めて、ほとんど毎日ですね。――――研修をそれだけの数やっていると、疲れてしまうのではないですか?
それはよく聞かれるところなんですけれど、物理的にとっても体が健康だということもありますが、これはアサーティブの効果だと思います。言いたいことをきちんと言って、相手が言っていることもまっさらな状態で受け止める。そのニュートラルが、相互尊重の会話が、研修の中でも実践されているので、終わった後に自分がエネルギーをもらって帰るという感じなんです。――――例えば研修と言うと、IT系があったりメーカーがあったり、いろいろ違いますよね。
いろんな業界がかかわってきますね。――――そうするとそれぞれの研修は、同じような方向性になりそうで、ならないものなのでしょうか?
ならないんですよ。そこがたぶん楽しいんだと思います。
同じことを277日やっていたら、さすがに私も飽きると思いますけれど、例えば同じプログラムでも業界によってとか、同じ会社でもその階によってとかで、できあがりはずいぶん変わってくるので、会話が毎日繰り広げられている状態だから飽きないんです。――――「アサーティブ」をビジネスに取り入れやすい業種と、取り入れづらい業種があるのでしょうか?
はい。そもそもはアメリカで女性の地位を向上させようとか、正しい人権、自分がきちんとメッセージを発信していいんだ、ということで1970年代からスタートしたんですけれど、今ではそれよりは社内であっても社外であっても、ものを伝えようというベースのコミュニケーションなので、どこの業界でも合わないということはないと思います。
私が研修している外国籍の企業も日本国籍の企業も、堅いところも柔らかいところも、老若男女ほとんど毎日いろんな方とお会いしているので、使い方や出し方によってどこにでも柔軟に対応できるのが、おそらく本当のウィンウィンの、相互尊重の考え方のベースなんじゃないかなと思います。――――どの企業であっても役立つということですね。
そうですね。ガチガチに堅い企業に行っても「これでちゃんと上司の前でものが言えます」とおっしゃるし、あるいはものすごく柔らかいところでも「言い過ぎていたことを少しセーブするようにします」とか、いろんな角度からみんながなりたい姿とか、あるべき姿に近づいていくので、企業も業種も問いません。(3)に続く