「スロー=本物志向」キャリアは目指すものではない――――本日のゲストはPHP研究所から刊行されている2万部のベストセラー「スローキャリア」の著者、高橋俊介さんです。
よろしくお願いします。――――今回の本のタイトルである「スローキャリア」というのは、初めて聞いた言葉なんですが。
そうだと思います。私の造語です。――――「スロー」というと「ゆっくり」という意味ですよね?
そうそう、そういう意味になっちゃいますよね。だけど、決して「ゆっくり出世する」とか、そういう意味ではないんですよ。
これは、「スローフード」からきている言葉なんです。「スローフード」とは「ゆっくり飯を食う」とか、「ゆっくり料理する」っていう意味じゃないんですよ。要するに「ファストフード」の反対で、経済合理性とか効率性みたいなものではなく、本物志向で、ということです。だからある意味、グルメなんですよね。
それと同じで「スローキャリア」というのも、出世とか目標とかこの仕事に就きたいといった目的・目標に対して、ものすごく効率的にキャリアを作るということ。上昇志向というのではなくて……。日々の仕事をじっくりと、本物志向で楽しんでいこうということです。決して、仕事をあまりしたくないから、できるだけ仕事は見ないようにしてプライベートでのんびりやりたいという人のためのキャリア論ではないんですよ。――――「キャリア」という言葉を聞くと、やはり日本のビジネスパーソンは、上昇志向とか出世といったことを連想しますよね。
そういった意味がありますね。キャリアアップなどと言いますから。――――そういうことからすると、「スローキャリア」は逆説的ですね。
そうなんです。世の中でキャリアについて語るとなると、「目標を持て」とか「夢を持て」とか、いろいろ言うじゃないですか。もちろん夢はあるにこしたことはないでしょうが、そういう上昇志向の強い人が、例えばアントレプレナーで成功したり、社長になったり、経営者になったり、あるいはトップアスリートになったりするでしょう。そして、そういう人たちはいろいろな機会に発言する。すると、上昇志向の強い人の発言はどうしても、スローキャリアじゃないような、グワーっといくようなキャリアを鼓舞する発言が非常に多くなるんですよ。――――本の中にも書かれていますが、そういう上昇志向を讃え過ぎることはあまりよくないと?
私はおそらく、もともとそんなに上昇志向が強くない人が全体の3分の2ぐらいいると思うんです。上昇志向全体のレベルも、昔に比べると豊かになったせいもあって、下がってきていますよね。だから上昇志向が強くない人は、キャリアで目標を立てて、そこに向かってアップすると考えただけで、むしろ辛くなるんです。暗くなってしまうんですよ。「そうじゃないといけないらしい」と思うと、ますます「なんでキャリアって苦しいものなの」となる。
でも、そんなことをしなくても、日々の仕事をもっと一生懸命エンジョイすればいいじゃん、と言いたいんです。ポリシーを持って、自分なりの考えで日々、充実感を持って仕事をしていけば、10年経って振り返ってみたときに、「自分らしいキャリアができたな」と感じます。それは振り返って初めて気づくもので、決して目指すものである必要はないんだ、というのがスローキャリアの考え方なんです。
上昇志向などなくていい――キャリアも多様化の時代に――――私が20年前にリクルートに入社した当時は、みんなが上昇志向の塊みたいな時代だったと思います。要するに、管理職になるとか、会社の中でマネージメント系の部署になるというのも1つのキャリアアップですよね。
社会的プレッシャーというのがありますね。そうじゃないといけない、みたいな。もちろん女性もですが、特に男性はそれが強い。大企業なら、日本人の男性で、正社員で、学卒で入った人間は、全員上を目指さなきゃいけない、といったような社会的プレッシャーがあって、本当は上昇志向が強くない男性も無理して上昇志向のふりをしてきた、という状況があったと思うんですよ。――――無理をして、ですか?
そう、そう、そう。駆り立ててきたんです。ただそれに報いるだけの管理職のポストも昔はありましたから、それでよかったんでしょう。今はもう学卒でも管理職になるのは3割などと言われるような時代で、女性にだって上昇志向の強い人がいますから、もう男女関係ないんです。それなら、男女関係なく上昇志向の人はリーダーを目指してもらえればいい。そうじゃない7割の人たちには、もっと別の生き方があるじゃないか、というのが、この本を書いたもともとのきっかけですね。――――この時期に刊行されたというのは、とてもタイムリーに感じました。景気がよくなってきて、各社、特に大手企業は採用数を増やしていますが、数十年前と比べると人の価値観も、会社そのものも変わってきているのでしょうか?
状況も変わっていますよね。今の状況で「みんな、上昇志向を目指せ」と言ったら嘘になりますし。今の学生たちもやはりそんなことは信じていないし、もっと自分に正直になってきているんじゃないかなと思います。
上昇志向が強い人は、上昇志向があるかないかだけで人間を判断してしまう。つまりハングリー精神とか、上に行くんだ、という気持ちがないと、もうそれだけで「あいつはやる気がない」って言ってしまうんです。
でも、他にもいろんなドライブがあるわけですよね。例えば、本の中にも2つ大きく取り上げましたが、1つはいわゆる人間関係系のドライブです。相手の気持ちを理解したりとか、この人に喜んで欲しいとか。それからもう1つが、最近「エンゲージメント」という言葉がすごく流行っていて、それに関係するんですが、「のめり込み系」と言っているものがあります。何かに向かっていくのではなくて、今やっていること自体にガーっとのめり込んでいくといったドライブがあって、例えば分析が好きで、分析的に物事を考えて論理的に考えを詰めていくのが好きな人もいるし、それからコンセプチュアルなことを考えるのが好きな人もいるし、細部にこだわって決して手を抜かないで、完璧主義できちっとやりたい人とか、あるいはきっちり計画を立てて進めていくのが好きな人もいるし、そういう人はプライベートで旅行に行くときでも予習して、徹底的に計画立てますよね。仕事じゃないのにやっちゃうんですよね。それは、好きだからです。――――得てしてそういう人に対しても、会社は上昇志向今まで求めてきましたよね。
そうなんです。だから、例えば細部にこだわってものを考えるのが好きで、計画的にきっちりやる人なら、エンジニアとしてすごくいい仕事をするわけです。カチっとしたもの、作ってきますからね。
ところがそういう人に「おまえもいつまでも、一エンジニアではダメだろう」「部下を持て」と言ってしまうと、今度は部下までそうやって管理してしまったりする。そうすると部下はたまらなくなって、「管理職って、それじゃいけないんだよ」なんて言い始める。だから「全員、管理職にならなきゃいけないんですか?」ということなんです。
でも管理職にならず、50歳にもなって部下がいないとなると、それだけで社会的な体面はもう一つ……ということになる。あるいは奥さんにも「どうして」みたいに言われてしまう。給料も上がらない、とかね。取引先も尊敬してくれないとか。全ての価値観をキャリアパス、キャリアステップに集約させてしまったから、結局無理をせざる得なくなっちゃった、ということじゃないでしょうか。――――価値観の多様化といったものを容認しなくてはいけない時代になった、ということでしょうか。会社が「1つのキャリアを目指してやれ」と言ったり、世の中が「こう行け」と言っても人はついてこないと?
そうですね。例えば社内での出世ではなく、いわゆる転職を繰り返しながらキャリアアップして給料を上げていくというのも1つの上昇志向ですが、それはそれで、そういう人を別に否定はしませんが、そういうことをしなくても全然かまわない、という考え方ですね。
ただ問題は、上昇志向以外の動機、つまり自分のドライブみたいなものを自分で冷静に判断して、それをうまく仕事の中で生かして、自分なりに充実感を感じながらちゃんとパフォーマンスも出せるという、自分の勝ちパターンみたいなものを、試行錯誤して身につけていかないと、やっぱりダメなんです。――――試行錯誤する、ということは、通常「キャリア」と言うと、1つの目標に向かって必死にひたすら駆け上がるといったイメージがあるかと思うのですが、そうでもないと?
そういうことなんです。今の若い人たち、学生さんを見ていても、彼らは目標に向かっていかに無駄な努力をせずに効率的に早くたどりつくか、という発想でキャリアを考えてしまっている人が多い。しかし、我々は膨大な調査をやってきていますが、そんなふうにキャリアは作れないんです。なぜなら、その仕事が自分に向いているかどうかは、やってみないとわからないから。やったことのない仕事が向いているかどうかなんて、わからないんですよ。憧れの仕事が、必ずしも自分を幸せにしてくれる仕事ではない。私はいつも言っているんですが、これは結婚と同じなんですよね。――――結婚と同じ、というと?
要するに、好きなタイプと、結婚してうまくいくタイプは違うでしょう、ということです。だから憧れのタイプと結婚したいからって、ひたすら「あの人が憧れだ」と言って、ひたすらずーっとその人と結婚するためにいかにしたらいいかなんて目標を作って、延々とやっていたら、そんなのストーカーですよ。もし仮にその人と結婚できたとしても、幸せになれるかどうかは全くクエスチョンですよね。
(2)に続く