□会計の向こう側には、必ず「ビジネス」がある――――本日のゲストは、27万部という大ベストセラー『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』の著者、林 總さんです。本日はよろしくお願い致します。
よろしくお願いします。――――本があまり売れないと言われている今の時代、特に会計というテーマでこれだけ本が売れるというのは、なかなかないことですよね。
書いた本人も驚いております。――――林さんは今までにも、会計に関わる本を幾つかお書きになっていらっしゃいますよね。
そうですね、これが5冊目です。――――今回のタイトルにある「餃子とフレンチ」という、対極といいますか、別々の食べ物という感じがしますが、こういうあまり会計とはマッチしないようなタイトルで、しかもここに経営というテーマを加えて、非常にユニークな本の仕立てになっていると思います。こういったテーマで本を書いてみようと思われたきっかけはあったのですか?
そうですね。私自身、公認会計士ですけれども、会計というものがあまり好きじゃないんですね。
昭和49年に資格を取ったんですが、10年くらいは嫌で嫌でたまらなかったんです。でも、ある時管理会計の仕組みを入れてくれ、と言われた時に、会計というのは経営の道具だ、管理の道具なんだ、と。つまり会計が取り扱っているのは、会計ではなくてその後ろ側にあるビジネスなんだ、ということに気付いた時に「これは面白いな」と思ったんですね。今勉強されている方に、私が気付いたのと同じような気付きを与えたいな、とそう思いって書いたわけです。――――会計と言うと、例えば資格が当然必要になります。それから通常のビジネスパーソンの方にはあまり縁が無いテーマですから、書店でも手に取りにくい気がするのですが、この本はそういったお仕事に関わっていない方にも読みやすいような内容になっているのでしょうか?
会計は経理マンの独占業務じゃない、と私は思うんです。例えば今、英語教育が盛んで、日本にいる分にはいいでしょうけど、ちょっと海外旅行でショッピングに行くにしても英語が必要です。そんな時に、じゃあ英語は通訳のためのものかというと、とんでもない話ですね。あるいは、海外でビジネスをする人のためのものかっていったら、とんでもない。誰でもある程度は使えないと面白くないわけです。
会計も全く同じで、会計は勉強するのではなくて、使いこなせないとやはり意味が無いと私は思うんですね。ですから今書店にいろいろな本が置かれていますし、私自身が書いた本も実際そうでしたが、会計の資料の作り方とか分析の仕方とか、言ってみれば文法を教えたり長文読解をやらせたり、それと全く同じことを今我々はさせられているんですね。
教育機関、例えば大学でもさせられているし、試験でもそういうことをさせられている。私は大学入試よりも楽しかったから勉強しましたけれども、会計士になって実際監査をやってみて、会計をやってみて、勉強はつまらないな、ということを実感したんです。やはり使わないと意味は無いということが、全てだと思っています。□決算書ですべての事実がわかる……は大間違い?――――この本では登場人物が、会計の必要性に直面するところから会計を学んでいくというプロセスになっていますが、その登場人物がお父様の仕事を突然継いでしまう由紀さんという女性ですね。
そうです。そして指南役に“安曇”が登場します。――――この登場人物の想定されているイメージの方は、ご自身になるんですか?
ええ、安曇教授はとりあえず私自身ですね。私が常に考えていることを安曇の言葉を借りて話している。そういうことで書きました。――――ちなみに、その安曇教授はワインと食べることが大変お好きなようですが、ご自身もそうなんですか?
ええ、飲兵衛で食いしん坊ですから。大好きです。――――その安曇教授とかかわる中で主人公が会計を学んでいくわけですけが、この本では会計を学ぶのが女性であることもポイントのひとつですが、一番のポイントは「経営者」であることだと思います。つまり経営者は会計というものをもっと実践的に知らないといけない、というメッセージではないかと思ったのですが、逆に言えばそれだけ経営者の方は会計を知らないということなのでしょうか?
経営者の方が会計を知らない、つまり会計がどういったものかということを知らない、ということですね。もう少し別の言い方をすると、会計が本来持っている機能とか威力とか、そういった部分を全くわかっていないということだと思います。――――会計の「威力」ですか? それはどういうことでしょう?
会計の威力というのは、つまり「見えないものを可視化する」ということですね。例えば、この本でも由紀という全くの素人である彼女は、デザインしかわからないんです。自分のお父さんの会社に行って、人が働いていることぐらいは見ていた、と。でも、その全体を大掴みにして、この会社はハンナという会社ですが、ハンナという会社はどういう会社なんだ、ということを大掴みにして、「あ、こうなんだ」ということを可視化することができるのは、やっぱり会計なんです。会計を使わなければそれは出来ないんですね。更にそこから、問題点はある程度、詳細にはわかりませんけどある程度、問題はここにあるということもわかる。見えないものを見えるようにして、問題点まで特定化できるというのが会計の威力なんです。これが無ければ経営者は経営ができない、と私は思うんです。――――可視化するためには、会計におけるいろいろな状況というか情報を、見ることのできる力を経営者は必要としますよね。本の中で騙し絵という言葉が出てきますが、それはつまり、普通の見方をすると会計を間違って見ることも有り得る、ということなのでしょうか?
そうですね。会計が表現している決算書とか会計資料がありますよね。多くの方は、それは事実の写像だと思っているんです。これは絶対的に正しいのだ、と。利益が1億とあったら1億で絶対正しいんだ、と思っている。けれど、それはとんでもない話で……。
会計というのは、一定のルールに基づいて積み上げられた仮想の世界なんです。それからルールに基づいて積み上げられた要約データであるし、それはあるものを表現する近似値なんですね。正確な写像ではないんです。近似値なんです。もっと別の言い方をしますと、絵だったら写実画ではなくて抽象画なんですね。――――抽象画なんですか?
抽象画なんですよ。例えば21兆円の会社であるトヨタを、ワッと大掴みにして、じゃあそれがトヨタを表していますか、と言ったらトヨタはまた別に実体があるわけです。でもそれを一定のルールに当てはめて出来たB/S、P/Lとかですね、キャッシュフローステイトメントというところで表現している。それも抽象的に表現しているものであって、じゃあその中で自動車が何台なんて書かれていますか、というと全く書いてないわけですよね。そういうのが会計です。
更にその決算書を作る場合、会社が合理的な範囲で主観を入れることができるんです。となると、ルールの上に積み上げられたヴァーチャルな世界であって、そこに主観が入るということは、それはある意味で会社の主張でもあるわけですね。我が社はこうなんですよ、と。ただ充分な糊代が与えられた中で我々はこういう風に表現していますよ、ということなわけです。したがってそれは真実でも何でもなくて、会社の主張である。
ただルールが認められて、それを逸脱して作る場合もあるんです。これを「粉飾」というわけですが。そこの範囲が非常に微妙なんですね。だから私は、最近『国家の品格』とか『女性の品格』という本がありますけれど、会計にも「決算書の品格」があると思っているんです。――――「決算書の品格」ですか?
あると思っていますね。これは、あくまでルールの中で出来ている。そのルールをいかに上手く守って、それで会社の、自分のオピニオンを発するか、自己を主張するか、という意味で会計の品格、あるいは利益の品格というものがあると思っています。
(2)に続く