□マスメディアと同じ土俵に“個人”が登ってきた時代――――本日のゲストは『フラット革命』の著者、佐々木俊尚さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願い致します。――――まず、タイトルにもある“フラット”という言葉ですが、インターネットの世界において“フラットになる”というのは、どういうことを意味していると捉えたらいいのでしょうか。
この本では、特にマスメディアとかジャーナリズム言論といった言葉の世界に区切っていろいろな局面から書いていますが、基本的には今までの世界というのは例えばマスメディア、テレビ、新聞、雑誌、ラジオというのがあって、読者・視聴者は一方的に巨大なメディアから情報を流し込まれるだけである、と。それに対して僕らは何か意見をしようと思って、読者の投稿を書いたりテレビ局に電話したり、そういうことはできるけれども、電話した内容や手紙の内容がすべて紹介されるわけではないですし、そこでは大きなマスメディアであるテレビ局や新聞社と我々読者の関係は完全に“重い・軽い”“大きい・小さい”という傾いた関係だったわけですよね。
ところがインターネットが入ってくることによって、その関係が完全に傾いた状態から同じ土俵になってきている。例えばグーグルの検索エンジンで検索した結果とか、あるいはブログ上でいろいろな人が意見しているとか、そういうものを見るとテレビや新聞で書かれている記事やニュース、あるいは放送されているニュースと、ブログで普通の人が書いているエントリーというのは全く同じように見えてしまう。そうすると、ではなぜマスメディアが偉いのか、普通の読者はなぜ偉くないのかということが、もう1度問い直される時期にきていると思うんですよ。それが完全に、実はマスメディアは偉くないんだよ、と。本当にいい記事を書いていればマスメディアであっても、1人のブロガー、単なる個人のブロガーであっても同じような価値を持っているんだということが、今起きているフラット化だと思うんですね。――――情報発信している立場で見れば、巨大なマスコミがあるところにカリスマブロガーが入った時に、それが横並びの価値を生み出す可能性があるということなんでしょうか。
そういうことですね。今までだったら我々はなぜ朝日新聞の記事やNHKのニュースを見ていたかというと、NHK、朝日新聞はオーソリティがある、要するに権威があるから見ていたわけですよね。逆に言うと、だから普通のごく個人の匿名のブロガーには特に権威がないから、そんなものは読む必要がないと思っていたけれども、インターネットの世界においては媒体に権威があるかどうかは実は重要ではなくて、アテンションという言い方をしますが、これは関心をいかに惹き付けるか、注目されるかという意味ですが、要するにその記事の内容、エントリー内容が面白いかどうか、皆の関心を惹き付けられるかどうか、価値があるかどうか、そこだけなんです。そのコンテンツの中身そのものが問われる時代になっているんですよ。そうなると、別にブロガーの書いたエントリーであってもマスコミの書いた記事であっても、そこではまったく同じ土俵になるということだと思うんです。□素人記者より断然支持される、専門家ブログの存在感――――一方で、新聞やテレビの情報については信頼性がある、と思っている人がまだ多いのでは? ビジネスとしても大きくなっていると思います。またカリスマブロガーの記事だとしても、まだまだ並列で見られないブログはあると思うのですが、それはなぜでしょうか。
それは、ずっとそうやって言われ続けてきたことです。結局マスコミというのは何だかんだ言ってもきちんと取材しているし、信頼感が高いじゃないか、と。それに比べて個人が、例えば普通の会社員が片手間に書いているブログなんて信憑性がないよね、と言われ続けてきたけれども、ブログの論壇みたいなものが登場してきてブログの空間といったものが日本国内でもだんだん育ってきて、3、4年経ってみてふと振り返ってみると案外そうでもない、と。結果的にはそうわかった。意外に新聞やテレビの報道がすごく間違ったことを報じていて、それに対して例えば専門家ブログと言われている集団があるんですが、弁護士や大学の先生、公認会計士、あるいはジャーナリストでもいいんですけれども、そういう人達が書くブログのほうが事実関係、あるいは分析も含めて正しいということが結構あちこちで起きているんですよ。――――ブログのほうが巨大メディアよりも信頼度が高い場合がある、というわけですか。
ブログというと、どうしてもそこら辺の会社員とかOLの女性とか大学生が片手間に書いている身辺雑記みたいなことを思ってしまうんですけど、今言われている“アルファブロガー”みたいな著名ブロガーのかなりの部分というのは、例えば会社の経営者であったり、先ほど挙げた公認会計士、弁護士、大学教授という割に専門性の高い人達なんですよね。
かつてそういった専門性の高い人達の話すこと、書くことというのは、僕らは生でなかなか知る機会がなかったわけです。テレビでインタビューされたり新聞でコメントを紹介されたりすれば、それで読むことはあったんですけど。でも生で僕らが直接、専門性の高い人達が書くものを仕入れることができるようになった。当然1つの分野、例えば航空機事故を考えてみても、まったく航空機事故を取材した経験のない新聞記者が見よう見まねで書いた記事よりは、航空事故の専門家である大学教授の書いたブログのエントリーのほうが絶対正しいと思いませんか。――――確かにそうですね。
そういうことが多分、今起きているのだと思うんですね。――――佐々木さんご自身もブログをお書きになっている中で、ブログそのものが世の中に対して影響力を大きくしていると感じることはありますか。
なかなかそこまではっきりはしないですね。実際にアメリカなどではすでに大統領選、今盛んに報道されていますけど、例えばブロガーが仕掛けた討論会みたいなものに実際にヒラリー・クリントンやオバマさんといった、民主党の大統領候補が駆けつけてそこで何か喋る、みたいなことが起きている。
日本ではそういう政治系、経済系のブログというのはなかなか育たないと言われていたんですけれど、一昨年ぐらいに郵政解散が起きたりライブドア事件が起きたり、あの頃から急激に政治や経済、社会について語るブログがものすごく増えてきた。結果的に例えば一昨年の郵政解散、小泉自民党が大勝したあの際には、新聞、雑誌がこぞって自民党は負ける、と言い続けたけれども、ブログの世界では案外自民党を支持する声がものすごく高くて、これが影響したというほどではないかもしれないが、結果的にブロガー達の言う通りになってしまった、というような状況もすでに起きている。そう考えると、まだ政治や経済にブログがコミットする時代状況というのは始まって本当に数年だけれども、これが5年10年と続いていけば、影響力がますます高まっていくのは間違いないのではないかと思います。――――佐々木さんのように新聞や雑誌の世界に生きてきた方にとっても、ブログはこれからますます進化して影響力を発揮していくという認識でいらっしゃるのですか。
そうですね。ブログの一番いいところは、僕は昔10数年新聞記者をやっていて経験があるんですけど、書いたら書きっ放しで自分が書いた記事に対するある種の批判とか、指摘とかっていうのは行なわれない。もちろん書いた記事に対して上司、デスクとかですね、そういうところから、あるいは指名審査委員会などが新聞社にはありますから、そういうところからこの記事はどうなんだという指摘はあるけど、あくまで内部からの声である。では読者からものすごい指摘があるかというと、たまに葉書がきますけど、そういう双方向性はあまりなかったですね。
しかしブログの世界、インターネットの世界で何か記事を発表すると、それに対して賛否含めていろいろな反応が起きる。その反応をまた自分のものにして、確かにそう言われると間違っていたかもしれない、と自分で咀嚼したりとか、あるいはその記事はよかったと言われると、それを糧にしたりとか、そういう形で自分の書くこと、言論というのを更に高めていくことができると思うんですよ。これはやっぱり書き手の側にとっても非常に重要な作業だと思うんですね。(2)に続く